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防衛省 宇宙領域防衛指針と次世代情報通信戦略策定について

防衛省 宇宙領域防衛指針と次世代情報通信戦略策定について

防衛省が先日発表した宇宙領域防衛指針と次世代情報通信戦略策定についての専門家コメントをお送りします。

参考リンク:防衛省発表資料

専門家コメント

梅田耕太 地経学研究所 研究員

日本の防衛政策における宇宙領域の重要性は、これまで「国家安全保障戦略」(2022年)や「宇宙安全保障構想」(2023年)など、 政府全体の政策文書において繰り返し確認されてきたところであるが、今回の「宇宙領域防衛指針」(以下、「指針」)は、 防衛省として宇宙領域における政策及び取り組みを体系的に整理した初の政策文書となる。 ロシア・ウクライナ戦争においても宇宙領域の安全保障上の重要性が改めて浮き彫りとなる中で、 防衛省としての指針が示された意義は極めて大きい。

以下では、本指針の特徴をいくつか挙げたい。

第一に、指針は「防衛省・自衛隊の宇宙領域における防衛能力強化を通じて、国家安全保障戦略等で示された我が国の防衛力の抜本的強化の実現につなげていく」と明記し、 宇宙領域での防衛力強化と、国家安全保障戦略をはじめとする戦略3文書が掲げる防衛力強化とを、明示的かつ論理的に接続した。 この点が指針の最大の特徴と言えよう。戦略3文書では、「スタンド・オフ防衛能力」や「統合防空ミサイル防衛能力」など、 日本の防衛力強化に必要な機能・能力が示されているが、指針はそれらを実現する上で、宇宙領域における能力構築が不可欠であることを明確にしている。

第二に、指針では商業宇宙サービスの活用が繰り返し強調されている。 政府としてのニーズを産業界に示すことで、産業界にとっての「予見可能性」を向上させる意図がある。 日本の宇宙産業は通信衛星分野を除けば依然として政府需要なしでは成り立たないこと、 また活発かつ強靭な宇宙産業の確立が日本の防衛宇宙能力の基盤となることを考えれば、これは妥当な方向性と言えよう。

第三に、日本の防衛宇宙能力について、極めて妥当かつ現実的な自己認識が示されている。 防衛省・自衛隊の宇宙能力や態勢の整備は道半ばであり、米国や中国などの能力とは依然として相当な乖離がある。 指針においても、「一つの新たな領域における任務として宇宙領域における作戦を実施できる態勢が整ってきており、 今後もかかる能力を引き続き強化していく」と述べ、宇宙領域での態勢整備がいまだ完了していないことを認めている。

他方で、今後の課題も指摘できる。 第一に、指針は「政策の方向性」と「必要な技術」を示したものの、両者を具体的につなぐ「運用構想」には踏み込んでいない。 すなわち、地上と宇宙の戦力をどのように作戦運用上連携させ、防衛力の向上につなげていくのかという具体的なビジョンが今後求められよう。

第二に、商業宇宙サービスの活用は必要であるが、それは同時に、防衛省・自衛隊が防衛宇宙能力を運用する際、 国家間の紛争エスカレーションに民間事業者が巻き込まれるリスクも伴う。 政府と民間事業者の役割分担やリスク管理の枠組み、責任範囲などを明確化することが急務である。

※本件に関するCOI:特になし


小木洋人 地経学研究所 主任研究員

両文書とも、各種施策を下支えとする産業・技術開発基盤の強化に留意しており、 特に防衛省が求める能力のニーズを具体的に提示することで、 民間企業における研究開発や投資活動を促そうとする意欲が感じられる。 防衛産業や技術開発発展の最大のエンジンは防衛調達の規模や内容であり、 企業にとって売上に直結し得る動向の把握は、補助金や財政支援などの政府の施策よりもはるかに重要である。 その意味で、「買い手」としての力を活かして企業の努力の方向性を形作ろうとする今回の文書のような取組は重要である。

一方で、両文書とも防衛省のニーズや関心分野の提示に頼り過ぎている側面が否めず、 能力構築を達成するための具体的政策ツールが提示し切れていない点が今回の取組の弱点と言える。 確かに、宇宙戦略基金など他省庁の研究開発支援事業との連携強化や、 防衛企業、スタートアップ等が活動しやすい環境整備を取組として掲げているものの、 それをどのように達成するかについての具体的施策の提示がない。

例えば、政府によるデュアルユース技術支援のための資金提供と、 防衛省における本格的な研究開発事業の間にある政府プログラムの不足により、 先端技術の実用化が促進されていないという課題は依然として存在している。 このような支援と事業の中間に位置するようなプログラムの組成を提起しても良かったかもしれない。 これら予算の裏付けを伴うツールの提案は、今後の防衛省の取組における宿題となるだろう。

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