2025731
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Reddit上で、ヘイトスピーチと精神疾患のコミュニティが類似した発言パターンを示す

SMCJ発 サイエンス・アラート

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Reddit上で、ヘイトスピーチと精神疾患のコミュニティが類似した発言パターンを示す

国際的な研究チームが54 の Reddit コミュニティを分析した結果、ヘイトスピーチコミュニティの投稿は、特定の精神疾患に関するコミュニティの投稿と類似の発言パターンを共有しているとのこと。研究チームは AI を使用して、r/ADHD、r/NoNewNormal(COVID-19 に関する偽情報のみを取り扱うコミュニティ)、r/incels(ヘイトスピーチで禁止(ban)されたコミュニティ)など、ヘイトスピーチ、偽情報、精神疾患に関連する投稿を分析。中立的な比較のために、これらのカテゴリーに該当しないコミュニティも分析対象に含めまた。著者らは、この調査結果は、精神疾患を持つ人がヘイトスピーチや偽情報に陥りやすいことを示唆するものではないが、精神疾患のために開発された治療要素の使用など、オンラインでの対策の新たな戦略立案に役立つ可能性があると述べている。

【論文リンク】https://doi.org/10.1371/journal.pdig.0000935
【掲載誌】PLOS Digital Health
【掲載日時】7月30日03:00

【専門家コメント】

津田 正太郎 慶應義塾大学 メディア・コミュニケーション研究所 教授

この研究は、オンライン掲示板レディットの複数のコミュニティを分析し、ヘイトスピーチ・コミュニティに特徴的な発話パターンはいくつかのパーソナリティ障害のコミュニティにみられるそれと類似していることを示したものです。誤情報を論じるコミュニティとパーソナリティ障害のそれとの間では類似性を明確に示すことはできなかったとされています。この研究の方法論的な特徴は、OpenAIのChatGPT3を使用し、言語使用のニュアンスまでも汲み取りながら大量のテキストを分析している点にあります。

このような研究内容について耳にすると、即座に生じるのは、パーソナリティ障害をもつ人びとに対する偏見を生み出すのではないかとの懸念です。ある種の差別に対する批判が別種の差別を呼び込むのは珍しいことではなく、この研究の知見が単純化、歪曲され、広められることでそうした結果をもたらす可能性は確かに存在するように思われます。

もう一つの懸念点としては、特定の立場性とパーソナリティ障害を結びつけてしまうことがコミュニケーションにもたらす悪影響が挙げられます。他者の言論について、内容ではなくその言論を生み出す「障害」を問題視する態度は、対話不可能な存在として他者を位置づけることにつながります。ヘイトスピーチを行う人びととの対話が多くの場合に著しく困難であるのは否定しがたいとはいえ、「ヘイト(スピーチ)」というただでさえ濫用されやすい概念とパーソナリティ障害との親和性が示されることで、対立する双方が相手側をパーソナリティ障害だと糾弾しあい、結果的に偏見と敵意を強化するだけの結果に可能性が想起されます。

本論文の著者らもこうしたリスクについては認識しており、パーソナリティ障害のコミュニティが医師の診断ではなく自己申告に基づくものでしかないといった方法論上の制約に加えて、この知見がパーソナリティ障害をもつ人びとに対するスティグマを強化してしまうリスクがあることも認めています。この研究が示しているのは、パーソナリティ障害をもつ人びとがヘイトスピーチを行うということでも、パーソナリティ障害はヘイトスピーチの主要な要因だということでもないというのです。そのような因果関係の明確化はこの研究で到達可能な範囲の外にあり、あくまでレディット上での発話パターンに類似性がみられるにすぎないというのが著者らの主張です。

このようなリスクの存在を認めたうえで、この研究の意義として著者らが提示するのは、ヘイトスピーチ・コミュニティへの対応にあたってパーソナリティ障害へのセラピー的対処法が有効である可能性です。もっとも、この研究においてその対処法を詳細に論じるのは困難であり、具体的な提案の水準に達しているわけではありません。

以上のように、この研究は差別や偏見の促進、ならびにコミュニケーションの質の悪化を促しうるものの、リスクがあるというだけで研究の可能性を閉ざしてしまうことには慎重でなくてはなりません。今後、筆者らが主張するヘイトスピーチへの対応可能性がより詳細かつ具体的に示されるか否かが、この研究の有効性を決めることになるのではないでしょうか。

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