欧米9カ国における移民労働者の低賃金の背景
欧米9カ国における移民労働者の低賃金の背景
移民労働者の平均年収はその国の非移民(先住)労働者よりも17.9%低いことが分かった。この賃金格差の約4分の3は、高賃金の職に移民がアクセスしづらいことが要因であり、同じ職場・職種でも移民の賃金は低い傾向がある。カナダ、デンマーク、米国など9カ国の1350万人のデータから、特にスペインやカナダで格差が大きく、米国や北欧では7〜11%と比較的小さかった。移民の子供世代でも格差は5.7%残り、世代間で緩和される傾向はあるものの完全には解消しない。著者らは、採用や昇進のバイアス是正や雇用支援政策が、移民と非移民間の隔たりや賃金格差の是正に寄与すると指摘している。
【論文リンク】https://www.nature.com/articles/s41586-025-09259-6
【掲載誌】Nature
【報道解禁(日本時間)】2025年7月17日(木)0:00
【専門家コメント】
土井康裕 名古屋大学大学院 経済学研究科 教授
本論文は、社会学系の研究者を中心に外国人賃金格差を調査したものである。このように非常に多くの国の研究者が横並びで取り組んだ研究は、経済学的に見ても珍しく、魅力的である。また、どの国でも確実に大きい賃金格差があると確認できた点は、現実を伝える意味で重要だと思われる。
ただ、経済学の立場からすると興味深い点・課題と思われる点も見られた。第一に、本論文では賃金格差の規模に国ごとの大きな差が見られたが、これはどう解釈すべきなのか。すでに賃金格差が明確にある国で、下の方(賃金の低い産業)に外国人が多かった場合、「外国人にありがちな特性によって賃金が低い」とは言えても、「外国人だから賃金が低い」とは言い難い。経済学的には、もう少しその人の教育や能力、職歴、ジェンダー、人種といった「性質(Attribute)」を細かく見た上で(Mincer, 1974)、背景にあるその国のGINI係数(社会の中の所得不平等を計る指標)・賃金格差と比べる必要があるだろう。第二に、本論文では「移民二世が現地(受け入れ国)で教育を受けた」場合でも「仕事へのアクセスが難しい」ことになっているが、これは日本では見られない特徴だと思われる。日本の場合、「移民」制度ではなく「雇用」制度で入ってくる外国人の調査が重要である。彼らはなぜ賃金格差の荒波に揉まれているのか。「人種差別」以外に、日本で暮らす外国人はどこで有利または不利になるのか。これらを調べることが課題だろう。
現実の日本社会には、(外国人賃金の)二分化、二極化が見られる。二極化の下の方には、「技能実習生」がいる。一方で、二極化の上の方には、投資銀行等で働いている外資系の外国人など、平均を大きく上回る給与を得ている人もいる。このように、「外国人だから」賃金が変わるのではなく、その人の役割によって賃金が変わる点はすごく重要だ。近年ノーベル賞経済学者のアセモグル氏は、論文(Acemoğlu and Autor, 2011)で、「同じ会社の中でどんな仕事をしているか」(タスク)が人々の賃金を左右することを指摘した。同様に、日本で暮らす外国人が会社の中で「どんな仕事をしているのか」を調べることは今後の課題だろう。すると、「日本人が外国人をどのように扱っているのか」もわかり、単に「外国人だから」以上の現実的説明が可能になると思う。
近年、「技能実習生」のルール改正がある。これにより(外国人賃金が)改善することを期待するが、日本に「外国人を労働力として働かせよう」という考え方がある限り、格差は変わらないだろう。
竹ノ下弘久 慶應義塾大学法学部政治学科教授
今回の論文は、雑誌Natureに掲載された論文です。主要な研究の関心は、移民とネイティブとの賃金格差についてです。移民とは一般に外国で生まれ別の国に移り住んだ人たちのことを指します。ネイティブとは、ある国で生まれ育った人のことを指します。
本論文では、出生地を基準に、外国生まれの移民、移民の子ども、ネイティブの3つのグループ間で、賃金を比較します。世界には、第二次世界大戦以降様々な理由から、生まれた国とは別の国に移り住み、就労し、生活する人々が多く存在します。近年、日本も含むアジア諸国は、低い出生率が長期間持続することで、必要な働き手が不足し、海外からの移民労働者にますます依存するようになっています。そうした中で、日本も1980年代以降、海外から多くの移民労働者やその家族を受け入れてきました。
本論文は、残念ながら日本のデータを用いてはいませんが、欧州と北米の9か国を対象に、各国政府が保有する行政登録情報を活用し、全体で1350万人の労働者のデータを使って、移民とネイティブとの賃金格差について分析しています。行政が保有するバイアスの少ない大規模なデータを用いることで、信頼性の高い結果を推計しています。本研究によれば、移民第一世代の賃金は、ネイティブよりもおよそ18%低く、そうした賃金格差の4分の3は、移民とネイティブとの間の職業の違いによって説明できます。本研究では、産業、職種、企業の3つに着目します。移民とネイティブとの賃金格差は、こうしたより賃金の高い産業、職種、企業への移動が阻まれることによって生じていると論じています。
本研究は、日本のデータを分析してはいませんが、日本の移民受け入れや移民の社会統合をめぐる議論にも多くの示唆をもたらします。日本は男女間の賃金格差が他の先進国と比べても非常に大きな社会であり、最近では社会全体で労働市場における男女の不平等の解消に向けた取り組みも進んでいます。男女間の不平等の根幹の1つに正規・非正規雇用をめぐる不平等があります。日本の移民労働者も、非正規雇用の労働市場に大きく組み込まれてきました。そうした点からも、日本の不平等構造を形作る諸制度は、移民の労働市場での受け入れのあり方を大きく左右しています。
日本社会では、海外出身で日本の国籍を持たない人々を「外国人」と呼んでいます。しかしこの言葉が、メディアや政治の中で使われることで、海外出身の人々が一人一人異なる個人であることが後景に退き、あたかも「外国人」が同じような存在として位置づけられてはいないでしょうか。男性、女性、日本人、外国人という分かりやすいカテゴリーによって、仕事の内容や職場での処遇を決めるのではなく、人々の多様な特性や強みを活かした就労や職場での処遇が求められると思います。本論文の知見は、日本における移民労働者の受け入れや処遇を考える上でも示唆に富むと思います。
萩原里紗 明海大学 准教授
本論文は、移民とネイティブの賃金格差を説明する要因の大半(約4分の3)が移民を低賃金の仕事に選別する労働市場の構造によるものであり、同一職種・同一雇用者内での格差は小さいことを明らかにしている点で、非常に意義深い研究である。
このような結果を得ることができた背景には、欧米9か国の13.5 万件を超える雇用者と被雇用者をつなげたデータを用い、「同一職種・同一雇用者内での賃金差(within job)」と「より低賃金の仕事へ移りやすい労働市場の構造的振り分け(between job segregation)」の双方を分解する分析を行ったためである。
移民とネイティブの賃金格差を分析した多くの研究では、被雇用者のみのデータを用いており、雇用者側の要因を分析上コントロールできていなかった。また、雇用者と被雇用者をつなげたデータを用いることができたとしても、一国内での分析に限られており、クロスカントリー分析には至っていなかった。これらの問題をクリアしたことが、本論文が高く評価される理由である。
日本では、近年外国人労働者が増加しているものの、依然として単純労働への集中や技能実習制度の課題など、「between-job segregation」に近い構造が見られる。さらに、言語や資格認定の壁、昇進機会の欠如も問題視される。本論文は、「差別をなくせば格差は消える」という単純な構図ではなく、「高賃金職へのアクセス機会」自体の平等が重要であることを明らかにしている。日本においても、職業訓練・語学教育・キャリア支援などの包括的な統合政策が求められる。
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