医師自身が末期がん等の場合安楽死を検討するか、米国やイタリア等で国際調査
医師自身が末期がん等の場合安楽死を検討するか、米国やイタリア等で国際調査
the Journal of Medical Ethicsに掲載される国際調査で、医師自身が末期がんやアルツハイマー病の場合に安楽死を検討するか調査したところ、半数以上が検討すると回答。ほとんどの医師は自分の終末期医療では延命措置よりも症状緩和を好むだろうと回答したとのこと。回答の傾向は安楽死法の整備状況に応じて異なっていたという。
安楽死について異なる管轄権・法律を持つ8地域(ベルギー;イタリア;カナダ;アメリカ合衆国のオレゴン州、ウィスコンシン州、ジョージア州;オーストラリアのヴィクトリア州、クイーンズランド州)の医師を対象に調査を実施。医師たちが自分の終末期に様々な処置をどこまで検討か回答を求めた。
回答1157件のうち、心肺機能回復法(CPR)、機械換気、ゾンデ栄養の処置が「良い」と回答したのは対・末期がんで各0.5%、0.8%、3.5%。対アルツハイマーでは0.2%、0.3%、3.8%。一方、激しい症状の緩和に対する「良い」・「とても良い」という回答は、対末期がん・対アルツハイマー共に94%と91%だった。
末期がんに対して、安楽死が合法な地域では、違法地域での回答と比べ3倍の医師が安楽死を「良い」と回答。アルツハイマーに対しては2倍の医師が「とても良い」と回答。医師の専門や信仰による違いも見られたとのこと。
【論文リンク】https://jme.bmj.com/lookup/doi/10.1136/jme-2024-110192
【掲載誌】Journal of Medical Ethics
【掲載日時】6月11日7時30分
【専門家コメント】
浅見昇吾 上智大学外国語学部ドイツ語学科、実践宗教学研究科死生学専攻、生命倫理研究所 教授
本論文は単一国調査の限界を補い、法制度や宗教的背景が医師自身の終末期選好を左右することを可視化した重要な研究と評価できます。性別や年齢よりも制度の影響が大きく、安楽死合法地域では末期がんで安楽死を「良い」と答えた医師が非合法地域の約3倍に上った点は示唆的です。また、年間5例以上終末期患者を看取る医師は安楽死より持続的鎮静を選ぶ傾向が示されたことも興味深い所見でした。
日本社会へのインプリケーションとして、制度が医師の志向を形成し得るという事実を重く受け止めるべきだと考えます。現状の医療現場では自己決定より家族や医師の考えが優先されることも多く、患者の価値観を尊重する文化が十分に根付いていません。本論文が描く「自分の価値観と患者の価値観のすり合わせに苦慮する医師像」は、その課題を鮮明に示しています。
宗教色の濃いスペインや人間の尊厳の尊重を謳うドイツでさえ制度化が進んでいる事例は、日本でも将来変化が起こり得ることを示しています。私は安楽死をめぐる議論自体に負の影響はほとんどなく、むしろ終末期医療の選択肢を拡充し、建設的対話を促す契機になると確信しています。法規制の有無にかかわらず、具体的シナリオに基づくデータを積み上げ、患者の価値観を中心に据えた終末期ケアを日本でも追求する必要があるでしょう。
浅井篤 東北大学大学院医学系研究科 教授
本論文は、自身が末期がんやアルツハイマー病になった場合、医師がどのような治療を望むかということを調査したもので、8つの国・地域にわたって、つまり、社会的・法制度的に異なる環境を複数選んだ点に、新規性があると思われる。ただし、医師が困難な状況で延命治療を望まない、したがって侵襲性の低い治療を選ぶ傾向が高いということ自体は、すでに知られたことであり、安楽死が合法の国において、そうでない国より多くの医師が安楽死を選ぶというのも、驚きはない。
したがって日本で調べた場合、同様の設定下では安楽死を望む医師はそれほど多くないのではないかと予想される。世論、社会状況の影響について、例えば『海を飛ぶ夢』(2004年、スペイン等)という映画は、尊厳死を求める実在の人物の苦闘を描いたものだが、この映画がスペインにおける安楽死合法化に影響を与えたという議論がある。ただし、社会的孤立者、あるいは医療資源へのアクセスが経済的に制約されがちな人が、安楽死を推奨され実際選択してしまうおそれがあることなどから、社会や個人の具体的な状況については配慮が必要である。
医師の価値観・治療方針の選好が患者への治療とどのように関連するのか・すべきか、という本論文で提示されたテーマは重要であり、結論は示されていないものの、部分的に示唆を与えるものだとこの論文は評価できるし、日本社会でも冷静な議論の一助として広く読まれてほしいと思う。
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