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自民党科技イノベ戦略調査会 第7期科技イノベ基本計画に関する中間提言について

配信日:2025年9月1日~9月4日

自民党科技イノベ戦略調査会 第7期科技イノベ基本計画に関する中間提言について

【参考リンク】自民党科技イノベ戦略調査会 第7期科技イノベ基本計画に関する中間提言

【掲載日】2025年8月27日

【専門家コメント】

角南篤 (公)笹川平和財団理事長/政策研究大学院大学 学長特命補佐・客員教授

第七期科学技術・イノベーション基本計画に関する中間提言において、特筆すべきは「国家安全保障」と「AI for Science」を明確に打ち出した点である。これまで科学技術政策は社会課題対応やイノベーション活用に重きを置いてきたが、今回の提言は我が国の科学技術力の顕著な低下を正面から認め、その低下を食い止め、反転させるために本腰を入れる姿勢を明示した。これは極めて重要な転換であると考える。

国家安全保障を巡っては、「軍事研究」に限定して議論するのは適切ではない。サイバー、宇宙、海洋といった幅広い領域における科学技術基盤の強化こそが、結果として国家安全保障の根幹を支える。軍事と民生の境界は既に曖昧であり、科学技術力そのものの底上げが安全保障に資するという認識を社会に広げる必要がある。

AIの活用については、研究手法そのものを変革する可能性を持つ点に注目している。AIを研究のあらゆる過程に導入することにより、研究効率や生産性は飛躍的に向上し、日本の科学技術力低下を反転させる契機となり得る。AI for Science を国家戦略として推進する方針が明記されたことは高く評価できる。

また、Top10%論文数で10年以内に世界3位に復帰するという数値目標は、決して非現実的ではない。少なくともドイツと肩を並べる水準を維持しなければ、日本は国際的な競争において埋没しかねない。研究費倍増や運営費交付金の増額についても実現は可能である。ただし、基盤的経費を均等に配分するのではなく、競争環境を維持しつつ、民間資金や国際的ファンドを積極的に導入する仕組みを整えることが不可欠である。大学の統廃合や研究大学の国際競争力強化といった構造改革も不可避の課題である。

総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)の司令塔機能の強化については、予算権限の有無以上に政治的リーダーシップの在り方が問われる。企画立案機能が意思決定者に信頼され、適切に政策形成に組み込まれることが重要であり、科学顧問制度もまた政治システムにどう位置づけられるかによって真価が決まる。これらについては現在はいわば「過渡期」であり、今後の動向に期待したい。

総じて、第七期基本計画は日本の科学技術力低下に真正面から向き合い、国家安全保障とAI活用を軸に再興を図ろうとする強い意思を示している。科学技術力の低下や研究基盤の脆弱さといった課題は従来から指摘されてきたが、安全保障と結び付けて打ち出すことで政治の関心を引き寄せ、科学技術を国家基盤として位置づけ直す契機となり得る。実効性を確保するには、競争性の確保や民間資金の導入に加え、政治がどこまで本気でコミットするかが鍵となろう。

高橋恒一 AIロボット駆動科学イニシアティブ 共同代表

急速に発展するAIを科学技術研究の飛躍的な革新のために使うことはAI for Scienceと呼ばれます。この考え方をさらに推し進めると、AIやロボットに自律的に研究を行わせるいわゆるAI駆動型科学となります。今回の提言では、これらの考え方が「研究のあり方を根底から変えうるゲームチェンジャー」であり、「戦略的かつスピード感を持って強力に推進しなければならない」と述べられています。これは、我が国が今後向かわなければならない方向性として、国際的な科学研究の潮流にも沿った正しい認識であり、高く評価できます。

日本国内では、最近ではAIロボット駆動科学イニシアティブがこの分野の推進を担う産官学の集結の場を提供することを目論見ているほか、理化学研究所が新組織を立ち上げるなど、新たな動きが活発化しています。しかし、AIロボット駆動の新しい方法論で国際的な競争力を得るには巨額の投資と考え方の大きな変革が必要です。日本では2010年代からこの分野の重要性を提言する研究者もおり、考え方の面では国際的にも比較的早期から醸成が進んで来ましたが、その一方で国や企業からの本格的な投資はこれからという面がありました。その意味でも、今回の提言をきっかけに国の基本計画に具体的に盛り込まれることが期待されます。

AI分野ではOpenAIやGAFAなどの新興企業が兆円単位の巨額投資を行い先行しています。一方、実験科学の現場ではロボット実験によりデータを直接作り出す考え方が重要です。日本には、マテリアル産業の世界シェア、バイオ産業の成長に加え、生産技術で培ったオートメーションシステム、ロボット産業の基盤があり、これらと学術界の相互作用による発展が期待されます。課題として、一旦AIロボットの利用により研究生産性が高まる流れが出来ると、資本は自動化に流れることになり、職業研究者中心の伝統的な研究組織では一時的な軋轢を生む可能性があります。提言にもある通りこれは「歴史的転換点」であり、研究組織のあり方や人材育成の方法から根本的に考え直す必要性があるでしょう。また、AI分野では5年は非常に長い時間であり、数週間単位で革新が起きるという特性があります。投資の大きさと迅速な意思決定の両立が死活問題です。このことから、国は、目的の硬直化やマイクロマネジメントに結びつきやすい直轄型事業ではなく、資金供給、人材供給、エコシステムの拡大などのこれまでとは違ったやり方の模索が必要と思われます。

佐藤丙午 拓殖大学 教授

この中間提言で注目すべきは、巻頭の提言1「国家安全保障政策と科学技術・イノベーション政策の有機的連携」である。このテーマは、過去の調査会の全10回のうち9回では必ずしも取り上げられてこなかった。それだけに、今回の「提言1」は(日本政府の)危機意識・課題意識の深まりを反映していると推察できる。つまり、日本学術会議に象徴される頑迷なまでに反軍事に固執する科学技術コミュニティをいかに国際水準に近い行動をとるように促すか、これが基本計画の成否を規定するという危機意識である。この背景として、この問題が日本政府(とりわけ防衛省=旧防衛庁)と、大学など日本の科学技術コミュニティとの間の社会的緊張に関わってきた点が挙げられる。

そのため「提言1」は、経済安全保障を主題とし、科学技術コミュニティーの警戒感を緩和し、抵抗の無意味さに気づかせ、そしてこれまでの彼らの心情に十分に配慮しつつ、制度面でのインセンティブを設けることで、日本政府として総体的に科学技術予算を最適化する方向に移行させようとしている。かつて日本学術会議は、防衛装備庁の「安全保障技術研究推進制度」(2015年度発足)に反発し、「軍事的安全保障研究に関する声明」(2017年3月24日)を発表した。「提言1」では、「安全保障関連研究以外の創発領域の予算の抜本拡充を検討する」とも述べているが、これは以上の動きに配慮してのことだろう。同様の配慮は随所に見られる。

また、「提言1」ではデュアルユースへの言及も注目すべきであろう。つまり中間提言は、文科省、経産省、防衛省など科学技術政策に責任を持つ各省庁の予算のもと、技術基盤から最終使用者まで考慮した科学技術政策が必要であると考えているように思われる。この問題意識は十分に理解できるものである。提言の背景として、結果的に日本の科学技術コミュニティが分断させた予算配分の最適化を進める上で、経済安全保障を利用すると各方面の関係者の理解を得ることができるという事情があることが伺える。「経済安全保障の観点を既存の重要技術戦略に統合する」こと(ES-X)が必要だという「提言1」の主張は、その証左であろう。

さらに注目されるのは、「提言1」が、経済安全保障に関する総合的なシンクタンクを早急に設置するよう求めている点であろう。シンクタンクの果たす役割については様々な主張がある。例えば、シンクタンクの提言内容を各省庁が受け入れるような一定の強制力のある組織の設置を求める声がある。ただ、現状の日本の行政組織の下で、そのような強制力の発揮及び行使は極めて難しいであろう。シンクタンクの提言に強制力を持たせるには、法的な措置と、人事上の措置の両方が欠かせない。特に科学技術予算を扱う各省庁の持ち回り(で人事上の措置を行うの)では、シンクタンクとしての実効力は発生しないし、外部の大学関係者等に依頼したとしても、各省庁はシンクタンクを司令塔と認定しないだろう。

以上、「提言1」が取り組む「国家安全保障政策と科学技術・イノベーション政策の有機的連携」という課題は、日本の科学技術コミュニティの抱える根深い、制度的及び構造的な課題とリンクし、長年解決困難であったものである。しかしその課題は、諸外国の例を見ても、日本の科学技術の復活のためには避けて通れないものだろう。次期基本計画で、政府がどのように「本気」で挑戦していくのか、さらにはシンクタンクの抱える構造的問題に対し、新たに設けられると予想される組織の中でどのように対応していくのか、注目すべき点は多い。

吉野 宏志 株式会社アカリク ヒューマンキャピタル事業本部 事業推進部 政策企画担当

博士人材をめぐる議論は長年続いていますが、直近で政策的な存在感が薄れていた印象がありました。今回、政府・与党内で再び博士人材が重要テーマとして言及されたことは、この未解決の課題に社会全体で向き合うための重要な一歩であり、心から歓迎します。

今回改めて示された「2040年までに博士号取得者を現在の3倍に」という目標は、国際比較を踏まえれば確かに妥当な水準ではありますが、その「受け皿」をどう確保するかが最大の課題となります。私たちアカリクが企業と日々接する中で感じるのは、経営層や人事の博士採用への意欲と、現場との間にある温度差です。採用の決定権を現場が持つ場合には、博士と働いた経験がなく、その能力を測る「ものさし」がないため、採用に躊躇が生まれるケースが少なくありません。

仮に目標通り博士人材が増加しても、大企業が博士採用を数倍に増やすだけでは、全体の受け皿は不足します。この課題を解決する鍵は、中小企業・スタートアップにあります。私たちは、成長意欲の高いこれらの企業にこそ、博士人材が持つ課題設定能力や推進力が不可欠であると考え、その可能性を伝え続けています。直近でも地方の中小企業が博士学生をまずは長期・有給のインターンとして迎えてニッチな領域での研究開発を推進しようという事例に携わっていますが、そのような支援をさらに伸ばしていきたいと思っています。

企業の採用を後押しするには、インセンティブの活用も不可欠です。博士採用に意欲的な企業にお話を伺う中で分かったことですが、既存の研究開発税制は人事部門に認知されていなかったり、手続きが複雑だったりと、まだ十分に機能していないようです。まずは制度の認知向上と簡素化が有効ではないでしょうか。同時に、博士人材の供給源も多様化が望まれます。人口減少下でストレートで進学する学生だけに頼るモデルは先細りします。産業界のニーズを深く理解した「社会人博士」や学び直し層(リカレント層)も含めて戦略的に育成・輩出する仕組みを強化することは、目標達成への現実的な解であると同時に、公的支援への社会的な納得感も高めるはずです。

これらの課題の根底にあるのは、「博士の価値」を説明する言葉が、社会で標準化されていないという問題です。大学(輩出側)と企業(受入側)が、博士のスキルや経験を語るための「共通言語」を持たないことが、採用・育成・活用のあらゆる場面でボトルネックになっています。私たちは、この「共通言語」となりうる、博士人材のスキル・能力を体系化した「シソーラス(類語辞典)」のような仕組みを整備することが、すべてのステークホルダーの相互理解を深め、博士人材の活躍を最大化する上で不可欠だと考えています。その実現に向けて、今まさに私たちアカリクは大学・府省・企業・シンクタンクの有志とともに議論を重ねつつ行動しているところです。

土屋貴裕 京都外国語大学共通教育機構 教授

私は、2025年8月27日に自民党科学技術・イノベーション戦略調査会が取りまとめた「第7期科学技術・イノベーション基本計画に関する中間提言」を、科学技術を国家安全保障の中核へ再配置する暫定文書と理解する。提言は10年以内にTop10%論文数で「世界3位」への復権を国家目標として明示し(現状は13位)、政策の量と質の両面での転換を求めるものである。

日本では、生後3ヶ月以内の乳児の発熱に対して抗生物質を使用することが多いです。ワクチン接種を完了しておらず、細菌感染のリスクが高いからです。また妊婦の一部は常在菌としてB群溶血性連鎖球菌という細菌を直腸や膣に持っています。これに感染した新生児は、まれに重症感染症を発症するため、分娩時に妊婦に対して抗生物質が投与されることがあります。

本提言は、国家安全保障局(NSS)直轄の技術シンクタンク創設や防衛大臣の総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)への参画、ポストK(経済安保重要技術育成の後継)やES-X(経済安保トランスフォーメーション)の統合を掲げ、選択と集中を一気通貫で進める設計を示した。これらはガバナンスと実装を同時に強化するための中核施策である。

研究セキュリティでは、JST-TRUSTの考え方を参考にリスクベース指針の策定と、重点分野での人材育成・CS体制・相談窓口の整備を政府主導で進めるとした。私は、大学規模別テンプレート、学内窓口の一本化、導入コストの補助を併せて提示することが、過度な自己規制や萎縮を避けつつ実効性を確保する現実解だと考える。

実装の要は三点である。第一に、NSS、CSTI、各省を常時連結し、重要技術の年次優先リストとKPIを機動的に更新すること。第二に、規制・標準・知財・輸出管理・公共調達を研究計画と同時設計し、技術成熟度レベルを上げる際の谷間を政策で橋渡しすること。第三に、ポストK、ES-X、および新たなR&D税制を連動させ、大学発ディープテックのコストを下げることである。これらを同時並行で進めれば、量的指標の回復にとどまらず、戦略技術で「勝てる」構造へ転じるだろう。

齊藤孝祐 上智大学総合グローバル学部総合グローバル学科 教授

防衛・安全保障目的を含むイノベーションエコシステムに学術セクターを組み込むにあたって、防衛関連研究を忌避する「大学等の制度・慣習」が阻害要因のひとつとなってきたことは提言において示されている通りだが、それをどのように変えていくかというプロセスの問題は残る。「政府方針の理解周知」は2015年に防衛装備庁の研究助成が政治的に紛糾して以来、すでに一定程度行われてきており、それだけでは十分な変化が生じなかったということでもある。かといって、政府による強制は学問の自由をめぐる規範の観点からも、イノベーションエコシステムの円滑な作動という実利の観点からも適切ではない。

そうだとすれば、学術セクターの側も問題の背景にある国際情勢や技術の意味合い、社会規範の変容などを踏まえてイノベーションエコシステムにおける自身の役割を再定義する必要がある。そのうえで、賛否含めて研究者による自発的な選択が行われる形態が望ましい。しかし、現状では多くの大学においてそのような新たなリテラシーの構築に対応するだけの余力はないかもしれない(これは、研究セキュリティの実効性にも同様にかかわってくる問題である)。これらの対応能力は大学のリソース枯渇とも密接にかかわっており、いかにして運営費交付金の増額や人材の確保といった学術セクターの再建と連動させて実行できるかが重要となろう。

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