配信日:2025年9月4日
地球の岩石層が貯留できる二酸化炭素の量は2200年頃に限界に達すると試算
9/4にNatureへ掲載された以下の研究成果に関する専門家コメントをお送りします。
英国SMCが収集したコメントの全文、原文はこちらをご参照ください。
https://www.sciencemediacentre.org/expert-reaction-to-study-of-limits-to-underground-carbon-storage/
【論文リンク】
https://www.nature.com/articles/s41586-025-09423-y
【掲載誌】Nature
【専門家コメント】
辻健 東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻 教授:
CO2削減の有効な方法がまだ十分に確立されていない中で、CCS(二酸化炭素回収・貯留)は数少ない実効性のある手段として世界的に注目されている。 すでに海外では複数のCCSプロジェクトが進行しており、日本でも9プロジェクトが実施に向けて準備が進んでいる。近い将来に大量のCO2を削減できる方法が限られている状況の中で、CCSへの期待は大きい。また、石油や天然ガスなどの炭化水素を地球内部から取り出し大気中へ放出してきた人類の営みを考えれば、その炭素(CO2)を再び地下へ戻すCCSは、むしろ自然の循環に沿った技術とも捉えられる。
一方で、CCSによる削減量にも限界がある。地下空間や貯留適地は無尽蔵にあるわけではなく、本論文では、現実的には1460ギガトン程度のCO2削減量が上限であると指摘している。このCO2の貯留量は計算方法によって大きく変動するものの、論文で指摘されているようにCO2を貯留できる地下空間は有限であり、戦略的に活用すべき資源として捉える必要がある。
確かに、本論文にもあるようにCCSには限界がある。しかし、他の削減技術と比較すれば依然として高いポテンシャルを持つ。さらに近未来的にCO2を削減できるというCCSの優位性もある。特に製鉄やセメントといった基幹産業での排出削減は難しく、CCSはこれらの分野において重要な役割を担うとされる。
なお、「CCSがあるからCO2を排出してもよい」という考え方は誤りであり、他の排出抑制技術の開発も並行して進める必要がある。CCSの役割、すなわち削減が困難な産業への貢献、ネガティブエミッションの実現、そして近未来的に導入できる即効性を正しく評価しつつ、気候変動という喫緊の課題に対してスピード感を持って取り組むことが重要である。その際には、他の技術の実現スケジュールも考慮し、戦略的に組み合わせていくことが求められる。さらに、CCS技術も進化を続けており、例えばCO2を鉱物化して長期的に固定する方法なども提案されている。これにより、安全性や貯留量は今後さらに拡大していく可能性がある。
Dr Robert Sansom(IETサステナビリティ・ネットゼロ政策センター):
炭素回収・貯留(CCS)の導入は化石燃料による炭素排出を大幅に削減できます。しかし今回の研究が示すように、CCSは気候変動と闘う強力な手段ですが、無限に使える解決策ではありません。戦略的かつ有限な資源として扱うべきであり、国内および世界の気候戦略におけるCCSの位置づけを見直す必要があります。
CCSは、単に化石燃料からの移行を先延ばしにする手段ではなく、長期的な炭素除去に活用すべきです。エンジニアは、安全で効果的、かつ責任ある貯留サイトの設計に重要な役割を果たします。代替技術への投資、公共の信頼構築、資源の少ない国々を取り残さない取り組みも必要です。
化石燃料の即時使用停止は非現実的です。英国は、化石燃料の今後の管理とネットゼロへの移行を支える戦略を持つべきです。
Dr Jen Roberts(ストラスクライド大学 土木・環境工学上級講師/UKCCSRC副所長):
現実的かつ最新のCO₂地層貯留容量の推定が求められていた中で、本研究は非常に歓迎されます。従来の推定は古く、リスクに基づく空間的制約を考慮していませんでした。その結果、貯留資源が豊富または無制限と誤って認識されてきました。しかし実際には、地質条件や状況によってはそうではありません。
この研究は保守的な値を提示し、CO₂地層貯留を『世代を超えた有限資源』として再定義しています。これは貯留に関わる多くの研究者が歓迎する見解です。
ただし、本研究のようなグローバル評価には限界があります。非常に単純化されており、不確実性も大きいです。より詳細な地域・堆積盆地ごとの分析が必要です。
全体として、本研究はCO₂地層貯留に対してバランスの取れた視点を提供しています。技術開発は必要不可欠ですが、単純な話ではなく、資源は有限であり、正義の観点も今後の世代に影響します。
Prof Sam Krevor(インペリアル・カレッジ・ロンドン):
著者らは、これまでの政府地質調査機関や研究所が物理的・社会的リスクを考慮してこなかったために、CO₂貯留資源の見積もりが過大だったと主張しています。しかし、実際には、彼らが主張する主要な制限(海洋深度、堆積層の深度、極地の位置など)はすでに従来の評価に組み込まれています。
むしろ、今回の研究は、CO₂貯留資源を著しく少なく見積もるモデル手法を採用しているように見えます。このバイアスが基本的な誤りによるものかは、データセットが精査されるまでわかりません。
また、本研究では手法の妥当性検証がなされておらず、既存の方法との大きな差異の説明もありません。例えば英国やノルウェー、米国の地質調査による詳細な地域分析との比較も不足しています。
最終的に、貯留容量が1,200、2,000、10,000ギガトンであったとしても、CO₂貯留が排出削減に果たす役割は依然として大きいのです。仮に200年後に貯留可能な地質が尽きるとしても、それは“歓迎すべき課題”と言えるでしょう。
Prof Naomi Vaughan(イースト・アングリア大学):
この研究は、地質学的な貯留ポテンシャルを現実的に評価したタイムリーで価値あるものです。より保守的なCO₂貯留容量の推定は、各国政府や国際社会にとって、今後数十年でこの資源をどのように活用すべきかという重要な問いを投げかけています。
化石燃料の延命に使うべきか、あるいは困難なセクターの排出削減に限定するべきか、または既存の大気中CO₂の除去(ネガティブエミッション)に優先すべきか。私たちは選択を迫られています。
Prof Jon Gibbins(シェフィールド大学 CCS教授):
この論文は、世界全体でのCO₂地層貯留容量の最小予測に関して、これまでとほぼ同様の結果を示しています。IPCCが2005年に発表した報告書でも、下限を1,680億トンと推定しており、本論文の1,460億トンとほぼ同じです。
著者らは“慎重な”制限を設定していますが、すでに実際の貯留プロジェクトでその制限は超えられています。例えばカナダのAquistoreプロジェクトでは3,300mの深さまでCO₂を安全に貯留しています。ブラジルでは2,000mの海域で1,000万トン以上のCO₂が再注入されており、著者らが設定する300mの水深制限は実情と合致しません。
さらに、Grantham研究所のプレスリリースで“廃鉱山が最も効率的な地質貯留”とあるのは誤りです。石油・ガスの貯留層こそが主な対象であり、旧鉱山ではありません。
Dr Wei He(キングス・カレッジ・ロンドン):
重要なメッセージは、地質貯留は慎重に評価すれば有限であるということです。この見方は、リスク評価や技術革新による改善に向けた研究を促進します。責任ある排出国がアクセス可能な安全な貯留資源を持つという公平性の視点も重要です。
この研究は、空間的に明示された評価で、リスクと実現可能性のフィルターを重ね、IPCCシナリオと照合しています。“簡便で低リスクな貯留”が技術的ポテンシャルよりはるかに限られているという主張は、十分な裏付けがあります。ポイントは、地質貯留を“最高価値の用途のための世代を超えた有限資源”と見なすことです。電化や再生可能エネルギーで回避できる排出の補填ではなく、除去困難な排出源や長期除去(DAC/BECCS)にこそ活用すべきです。