配信日:2025年9月13日
地球の岩石層が貯留できる二酸化炭素の量は2200年頃に限界に達すると試算
東京大学らの研究チームは、はやぶさ2がリュウグウから持ち帰った岩石試料のルテシウム-ハフニウム同位体を分析することにより、炭素質小惑星の誕生から 10 億年以上後に、氷が溶けて水が流れ出たことを明らかにした。小惑星は、惑星に比べて遥かに早く冷えるため、液体の水を 10 億年も持ち続けることは一般に極めて困難であり、本研究で明らかになった 10 億年以上遅れて起きた水の活動は、リュウグウ母天体を破壊したような天体衝突が起きた際、一時的に温度が上がり液体の水がつくられた結果と考えられる。また、10億年以上後の水の流出は、リュウグウ母天体の炭素質小惑星に別の天体が衝突した際、小惑星内部に含まれていた氷が溶けたことで起きたと研究グループは推察している。本研究成果は、地球の材料となった炭素質小惑星が、含水鉱物に加えて、氷として水を含んでいたこと、そしてこの水の総量は従来推定値の 2~3 倍になることを示唆する。論文は9月11日、Nature誌に掲載された。
【論文リンク】
https://www.nature.com/articles/s41586-025-09483-0
【掲載誌】Nature
【専門家コメント】
玄田 英典 東京科学大学 未来社会創成研究院 地球生命研究所 教授
私はリュウグウサンプルの初期分析チームの1つにもいたことがありますが、専門的には小惑星の形成や進化の理論モデルを研究してきました。
今回の論文は、リュウグウ母天体の形成から「10億年以上たった後」に、氷が溶けて、母天体中を水が流れたことの痕跡を、ルテチウム-ハフニウム分析を物証として明らかにしました。その重要性は二つあります。第一に、小惑星の含水量を明らかにすることは、地球の大気や海の起源を考える上で重要です。従来は、地球上の水は、小惑星中の「含水鉱物」の形で運ばれてくるだろうと思われていました。今回の論文は、その水が「含水鉱物+(含水鉱物の2〜3倍の水を含む)氷」という形で地球に降ってきた可能性を示しました。第二に、研究史上決定的に重要なのが、リュウグウ母天体の中で「水が流れた時期がいつか」を特定したことです。これまでも、リュウグウ母天体の形成直後に水がたくさん流れた証拠はたくさん出ていました。初期数百万年は、アルミニウム26の放射壊変で氷が溶けたためです。今回の論文は、その水が形成10億年後まで氷として多少残っており、再び溶けて動いた、ということを示しました。
今回の成果は従来の研究と矛盾しません。これまでは、小惑星リュウグウが壊れた母天体の破片の一部であり、その破壊のイベントが「現在から8億年〜10億年前くらい」に起きた可能性が高い、ということがわかっていました。今回の研究では、この破壊が「現在から35億年前までのどこか」で起こったという結果が出ており、範囲は被っています。
ただ、衝突物理を専門とする立場から考えた場合、課題もあります。第一に、(温度上昇で)母天体全体で「氷を溶かす」シナリオを説明することが難しい点です。普通、氷は衝突地点付近でしか溶けません。しかし別のグループは、小惑星リュウグウは衝突地点付近から離れた場所の岩石由来だと主張しています。調べると、リュウグウのサンプルには衝突地点付近でみられるような特徴(亀裂や、岩石鉱物の脱水)がないからです。ではどうして「衝撃圧力を経験してない」のに「氷が溶けた」のか。今回の研究は、そのことを衝突付近で溶けた水で「サンプルからルテチウムが抜けた(失われた)」と説明しています。もし抜けた先の濃縮先(カウンターパート)が見つかれば、この説明の補完になるでしょう。別のサンプルでの分析が望まれます。
第二に、「ルテチウムが抜けた」シナリオを容易に説明することが難しい点です。今回研究チームは、衝突で溶けた水に「14%のルテチウムが溶けた」可能性を指摘しています。実はルテチウムは、長い時間をかけて抜けていくことで知られた物質で、そんなに水に溶けやすくはありません。衝突で溶けた水は、「1日」程度で氷になってしまうか、昇華して失われたりします。その短期間で、ルテチウムがたくさん水に抜けたのか、この点は検討が必要です。
世界の小惑星研究の中でも、日本の研究は、第一にサンプルをいち早く持ち帰って最初に分析した点、第二に分析技術の点で優れています。小惑星リュウグウのサンプルが5.4gに対し、競合するNASAのOSIRIS-Rex計画で持ち帰った小惑星ベンヌは約120gです。本研究は、「分析技術が高ければ、いい研究ができる」ことを示した一例だと言えます。今後は、たとえば海外のチームがサンプルリターンを持ってきて、「こういう分析だったら、日本の研究チームに任せればレベルの高い分析してくれる」という依頼があると思います。素晴らしい成果です。
松本 徹 京都大学白眉センター 特定助教
黒澤 耕介 神戸大学大学院人間発達環境学研究科 准教授
–本論文についての評価
リュウグウの母天体が誕生してから十億年ほどのちに前に氷の状態で存在していた水が一回溶けて、それで流動化して割れ目を通って抜けていったというシナリオをその同位体の証拠とともに提示しています。このシナリオは太陽を冷やし固めた物質である炭素質小惑星の進化の道筋を一つ示したということで画期的な論文だと思います。こうした炭素質小惑星由来の水の存在は地球の海水の起源とも言われており、その量が2–3倍も多いかもしれないという興味深い成果です。ただし、地球の内部で水がどのような状態でどれほど存在しているかについては不明瞭な点が多いことには注意が必要であると思います。
–はやぶさ2のプロジェクトでリュウグウが選ばれた理由について
太陽系の起源と近しい組成を持つ炭素質小惑星のうち、比較的探査機の燃料消費を抑えることのできる近地球軌道に存在するものは限られています。そのうち一つがリュウグウでした。米国の探査機オサイリス・レックスは同様の条件の「ベンヌ」に着陸しています。
–今後さらに検証が期待される事柄
論文内Fig.4(5)のシナリオは近地球軌道までリュウグウが移動することによって生じたと本文では述べられています。近地球軌道まで来たリュウグウは太陽の周りを回っているうちに熱であぶられ水が抜けたものと考えられます。であるならば、一方で火星と木星の間に存在する小惑星帯まで行って炭素質小惑星から試料を取ると現在でも氷があるのかどうかは気になるところです。最もメインベルトまで届く探査には、燃料の問題や往復にかかる時間などいくつかの障害が待ち受けています。
リュウグウ由来の試料には天体衝突の痕跡があまり見受けられません。これはリュウグウ母天体への天体衝突の際に、衝突点から遠方にあった岩体が飛び出して集積しリュウグウを形作ったからだと考えられます。今回のシナリオを採用するとリュウグウが切り離される前に、氷水を溶かすに必要な数GPaの圧力を受けたことになりますが、適切な衝突条件を見つけることは簡単ではなさそうです。
また、本論文のシナリオでは氷が溶けて流れる際リン酸塩鉱物だけを溶かしたとされています。液体の水がリュウグウの母天体を流れた末に表面から噴水のように抜け出すならば様々な化学的痕跡を残すでしょう。そのような痕跡は見つからないことから水は昇華して抜け出したとあります。「どれぐらいの時間、液体の水が持続してどれぐらいの範囲はどう流れることができて、どれぐらいからこう昇華して・・・」というプロセス、昇華して抜けていくのしてもヒビが外まで繋がっていたのかどうかなど考える余地が多くあります。こうした観点において、今回のシナリオは炭素質小惑星内部で検討すべき課題を多く提示したとも言えます。