2025106
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ヒトの皮膚細胞から卵子を生成する実証実験

ヒトの皮膚細胞から卵子を生成する実証実験

配信日:2025年10月1日

本研究は、ヒト皮膚細胞から受精可能な卵子を作製できることを示した概念実証であり、不妊治療における新たな可能性を提示している。研究チームは、皮膚の体細胞核をドナー卵子に移植し、余分な染色体を除去する「mitomeiosis」と呼ばれる方法を導入した。その結果、82個の機能的卵子が得られ、精子と受精させたところ約9%が胚盤胞まで発生した。ただし、多くは受精後に発生が停止し、得られた胚には染色体異常も認められた。したがって臨床応用には安全性と有効性の検証が不可欠であるが、皮膚細胞を利用した卵子生成の実現可能性が初めて示された点で重要な一歩となる。
【論文リンク】https://www.nature.com/articles/s41467-025-63454-7

斎藤 通紀 京都大学iPS細胞研究所 未来生命科学開拓部門 教授

体細胞の二倍体ゲノムを直接一倍体にして生殖に用いる可能性を探るのは、基礎的な試みとして重要であると評価できます。一方で、二倍体の分離のされ方が、染色体の本数、父方由来・母方由来ともにランダムです。また、使用した卵母細胞検体のうち数%が胚盤胞に発生しましたが、いずれの胚盤胞でも、染色体の本数や父方由来・母方由来の分離に異常が認められました。こうしたことから、現時点では genetic・epigenetic 両方の観点からあまりにも異常が多く、臨床応用を考えるには全く未成熟な段階です。また、原理的に父母由来染色体の組換えが起こらないため、たとえ Semi-cloning のような技術を用いて今後発展が見込まれるとしても、倫理的な問題は解決されないまま残るでしょう。

さらに、卵子ドナーが1サイクルあたり7,000~8,000ドルでリクルートされている点も、オレゴン州法に基づくもののようですが、国際的な観点からは依然として倫理的問題を孕んでいると考えられます。それでも、本研究は今後さまざまな技術と組み合わせることによって、核移植技術に基づく生殖の新たな可能性を示唆するものとなっています。

Roger Sturmey, University of Hull 生殖医学教授

この研究は、体細胞と呼ばれる分化した成体細胞の染色体が、本来は卵子や精子においてのみ見られる特定の種類の核分裂を起こすように誘導できることを示しています。これは、受精の直前に卵子内で染色体が分配されるのを制御する複雑な分子機構について、新たな理解をもたらすものです。

この知見は重要です。なぜなら、体内のあらゆる部位から採取した細胞の遺伝物質を用いて、機能的な新しい卵細胞を作り出せる可能性が開けるからです。これは in vitro gametogenesis(体外配偶子形成) の一形態にあたります。ただし、今回の研究で報告された成功率は比較的低く、この知見を臨床応用へと進める道のりはまだ遠いといえます。

今回の研究は科学的に非常に印象的であり、研究者たちは必要な審査や指針を慎重に確認した上で取り組んでいます。同時に、このような研究は、生殖医学分野の新たな進展について一般市民と継続的にオープンな対話を行う重要性を再確認させます。このようなブレークスルーは、責任ある研究の実施と説明責任を確保し、公衆の信頼を築くための堅固なガバナンスの必要性を強く示しています。

Ying Cheong サウザンプトン大学 教授

今回初めて、通常の体細胞から取り出したDNAを卵子に移し、活性化させて染色体数を半分にすることに成功しました。これは、通常卵子や精子が作られる際に見られる特別な過程を再現したものです。この画期的な手法は「ミトマイオーシス(mitomeiosis)」と呼ばれ、概念実証として非常に刺激的な成果です。

実際、臨床の現場では、加齢や医学的な理由により自分自身の卵子を使うことができない人が増えています。今回の成果はまだ実験室レベルの初期段階ですが、将来的には不妊症や流産の理解を大きく変え、いつの日か、他に選択肢のない人々のために卵子や精子に似た細胞を作り出す道を開く可能性があります。

Richard Anderson, University of Edinburgh 教授/MRC生殖健康センター副所長

多くの女性は、がん治療後などさまざまな理由で卵子を失い、家族を持てなくなっています。新たに卵子を作り出すことができるようになれば、非常に大きな前進です。今回の研究は、皮膚細胞の遺伝物質から、受精して初期胚へと発達するために必要な正しい染色体数をもつ「卵子様の細胞」を作り出せることを示しました。

もちろん、安全性に関する極めて重要な課題が残っていますが、この研究は将来的に多くの女性が自らの遺伝的な子どもを持つことを助けるための一歩となるでしょう。

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