20251119
各専門家のコメントは、その時点の情報に基づいています。
SMCで扱うトピックには、科学的な論争が継続中の問題も含まれます。
新規データの発表や議論の推移によって、専門家の意見が変化することもありえます。
記事の引用は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。

【SMC Science Alert 】寄生先コロニーの女王アリを敵と誤認させて殺害させる、特異な生存戦略

九州大学の高須賀敬三氏らの研究チームは、「寄生性アリの女王が宿主コロニーの働きアリを欺き、自らの母である女王(母女王)を殺させて王座を奪う」という、これまで知られていなかった社会的寄生の戦略を発見しました。
寄生アリ Lasius orientalis および Lasius umbratus(通称「悪臭アリ」)は、宿主である Lasius flavusLasius japonicus の巣に侵入する際、巣のにおいを体に移して同種の仲間であるかのように偽装します。寄生女王は宿主女王を見つけると、その体に蟻酸(formic acid)とみられる悪臭液を吹きかけます。この臭いにより、通常は母女王を守るはずの働きアリが母女王を「敵」と誤認し、集団攻撃により殺害してしまいます。寄生女王は一時的に退避し、臭気が収まるたびに攻撃を繰り返し、宿主女王が排除された後に自ら産卵を開始し、巣を乗っ取ります。
この「第三者による母殺し(matricide)」は、母や子に利益がなく寄生者のみが得をする、自然界でも特異な現象です。

掲載誌:Current Biology

大河原 恭祐, 金沢大学 生命理工学類 生態学研究室 准教授

今回の論文は、一時的社会寄生(女王アリが交尾後に他種のアリの巣を乗っ取る行動)を行うアリが、どのように宿主の女王アリを排除するのか、その具体的な手段を初めて記載した点で、社会生物学上の意義が非常に大きい。従来は寄生種女王が直接宿主女王を殺すと考えられてきたが、本研究では、寄生種女王が腹部から化学物質を分泌し宿主女王に塗布、それにより宿主の働きアリが自らの母女王を攻撃・殺害するという、きわめて特殊な排除行動が観察された。働きアリを「操作して」母親殺しを成立させる過程は社会性昆虫の研究でも初の報告であり、新規性が極めて高い。

一方で、本研究は行動記載が中心であり、検証の余地も大きい。とくにガスクロマトグラフィー分析などにより、寄生女王が用いる化学物質の組成を正確に同定する必要がある。また、その物質が宿主の女王アリにどのような生理的変化をもたらし、働きアリの行動操作につながるのか、至近要因の検証実験も不可欠である。たとえば、その化学物質は母親を「外敵」または「餌」など、どのような対象として認識させているのかを明らかにする必要がある。

今回の発見は、生物学上は化学擬態の一種と考えられる。宿主女王の擬態や、プロパガンダ物質による働きアリの撹乱など、アリの社会寄生では類似例も知られる。本研究を含むこれらの例は、アリ社会における「支配」「操作」「協力」が固定的ではなく、化学物質によって容易に撹乱され得ることを示している。また、このような欺瞞的行動の構造は、鳥類の托卵や人間社会の詐欺とも通じる。人間社会の基盤が法にあるとすれば、アリ社会の「法」は化学物質による認識システムであり、それを書き換える寄生者の存在は、人間社会の欺瞞構造や対策を考える際にも示唆を与えるだろう。

伊藤 文紀, 香川大学 農学部 教授

アリ類の一時的社会寄生種では、これまでの観察例は少なく、寄生女王が直接寄主女王を殺す例がほとんどであった。今回の寄生女王の行動は、これまで報告がなく、宿主働きアリを利用してその母親を殺させるという点で、宿主操作として極めて衝撃的であり、アリ類における寄生様式の多様性を示す重要な発見である。

ただし、寄生女王が用いる物質の化学分析や、分泌源(毒腺・デュフォール腺・後腸など)の特定がなされていない点は課題である。この段階でハイインパクト雑誌に掲載されるのはやや意外だが、それだけ行動の発見自体が非常に大きなインパクトを持つということだろう。

なお今回の研究は、鋭い観察眼を持つ在野のアリ愛好家が発見した行動を、若手研究者が高度な技術で論文化し、高い評価を得たという点でも興味深い。アマチュアとプロの見事な共同研究の好例といえる。

記事のご利用にあたって

マスメディア、ウェブを問わず、科学の問題を社会で議論するために継続して
メディアを利用して活動されているジャーナリストの方、本情報をぜひご利用下さい。
「サイエンス・アラート」「ホット・トピック」のコンセプトに関してはコチラをご覧下さい。

記事の更新や各種SMCからのお知らせをメール配信しています。

サイエンス・メディア・センターでは、このような情報をメールで直接お送りいたします。ご希望の方は、下記リンクからご登録ください。(登録は手動のため、反映に時間がかかります。また、上記下線条件に鑑み、広義の「ジャーナリスト」と考えられない方は、登録をお断りすることもありますが御了承下さい。ただし、今回の緊急時に際しては、このようにサイトでも全ての情報を公開していきます)【メディア関係者データベースへの登録】 http://smc-japan.org/?page_id=588

記事について

○ 私的/商業利用を問わず、記事の引用(二次利用)は自由です。ただし「ジャーナリストが社会に論を問うための情報ソース」であることを尊重してください(アフィリエイト目的の、記事丸ごとの転載などはお控え下さい)。

○ 二次利用の際にクレジットを入れて頂ける場合(任意)は、下記のいずれかの形式でお願いします:
・一般社団法人サイエンス・メディア・センター ・(社)サイエンス・メディア・センター
・(社)SMC  ・SMC-Japan.org

○ この情報は適宜訂正・更新を行います。ウェブで情報を掲載・利用する場合は、読者が最新情報を確認できるようにリンクをお願いします。

お問い合わせ先

○この記事についての問い合わせは「御意見・お問い合わせ」のフォーム、あるいは下記連絡先からお寄せ下さい:
一般社団法人 サイエンス・メディア・センター(日本) Tel/Fax: 03-3202-2514

専門家によるこの記事へのコメント

この記事に関するコメントの募集は現在行っておりません。