非侵襲的な超音波刺激で脳出血を治療
非侵襲的な超音波刺激で脳出血を治療する
超音波刺激によって、脳出血やくも膜下出血様の損傷を与えたマウスの脳内から、神経毒性のある老廃物が除去されることが示された。超音波照射後には脳内の赤血球が半数以上除去され、老廃物がリンパ節へ移動する様子が確認された。炎症と神経損傷が軽減し、生存率や運動機能も改善したという。
脳出血後には血液細胞などの老廃物が脳内に蓄積して炎症や神経細胞損傷を引き起こすが、外科的治療は侵襲性が高く、承認された薬物療法も存在しない。本研究は、超音波のみを用いて生理的クリアランス機能を活性化させることで、将来的に外科手術や薬剤を使わない安全・簡便な治療法につながる可能性を示す。アルツハイマー病、脳外傷、神経変性疾患などへの応用も期待される。
【掲載誌】Nature Biotechnology
【報道解禁(日本時間)】2025年11月11日 01:00
【論文リンク】
https://www.nature.com/articles/s41587-025-02866-8
【DOI】10.1038/s41587-025-02866-8
木下 学 旭川医科大学 脳神経外科講座 教授
これまでも、マイクロバブル併用の集束超音波(FUS)による血液脳関門(BBB)開放は盛んに研究されてきました。アルツハイマー病を対象にアミロイドβ抗体薬の脳内送達を試みる治験などが進行中で、薬剤投与なしで脳内老廃物の排出促進を狙うアプローチも探索されています。
しかし先行研究の多くが「超音波+マイクロバブル」を用いたのに対し、今回の研究グループは「超音波のみ」で排出促進が可能であると主張してきました。今回の論文は、その知見を基盤とした前臨床試験だと言えます。
実験は手堅く行われており、脳内出血モデルで生存率、機能予後、出血クリアランス、炎症所見が改善したと報告されています。しかし、その要因を「内因性のクリアランス機能が改善した」と解釈するのはやや言い過ぎであり、単に超音波の物理的作用により血栓が溶けやすくなった可能性もあります。
また「脳内出血」に限れば、今回の結果をどこまで社会実装できるかは不透明です。外科手術と比較して改善効果が圧倒的に高いとは言えないためです。
本研究領域は米国で特に活発ですが、日本では研究者が多いとは言えません。優れた成果を挙げている研究者もいますが、現時点で米国に匹敵する研究体制が整っているとは言い難い状況です。
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今回 Nature Biotechnology に報告された研究は、低出力の経頭蓋集束超音波(FUS)刺激のみで、脳出血モデルの脳内から赤血球や老廃物を効率的に除去し、炎症と神経障害を大きく軽減した点で極めて革新的です。外科的血腫除去や薬物治療では難しい「生理的クリアランスの活性化」を非侵襲的に実現したことは、脳出血の急性期から慢性期にわたる病態理解と治療戦略を根本的に変える可能性があります。
脳卒中後の脳障害、加齢性変性、アルツハイマー病の異常タンパク質蓄積、慢性炎症は、脳萎縮・遅発性てんかん・認知症へつながる重要課題ですが、これらに直接働きかける治療技術は存在しませんでした。本研究が示した「デブリ除去 × 免疫調整 × クリアランス促進」は、これらを包括的に制御し得る全く新しい治療パラダイムです。
日本ではパーキンソン病や本態性振戦に対する超音波治療がすでに始まっており、世界ではFUSによる血液脳関門(BBB)開放や認知症治療の臨床研究も進行中です。特に250 kHz の低周波FUSを用いた非侵襲的薬剤送達や神経調節は国際的に注目されており、日本はアジアで最もFUS導入が早かった国として、今後も研究発展が見込まれます。
ただし、本研究は動物モデルでの結果であり、臨床応用には安全性、至適条件、長期影響に関する慎重な検証が必要です。今後はFUS臨床研究との橋渡しが求められます。本成果は脳出血に限らず、老化・神経変性・慢性炎症など幅広い脳疾患に応用可能性を示し、非侵襲的に脳のクリアランス機能を操作する新たな治療概念の出発点となるでしょう。