20251210
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【Science Alert】TP53遺伝子に変異を持ったドナーの精子 精子バンクを通じて使用

TP53遺伝子に変異を持ったドナーの精子、精子バンクを通じて使用されていた

先般BBC等で報道された、TP53遺伝子に変異を持ったドナーの精子が精子バンクを通じて使用されていた件について、海外SMCが収集した専門家コメントをまとめた。

【参考リンク(BBC)】https://www.bbc.com/news/articles/ckgmy90z991o

Prof Allan Pacey, Professor of Andrology at the University of Manchester

これは非常に悲劇的な状況であり、善意で提供し、自身の生殖細胞にこの変異が生じていたことを知らなかったドナー本人を含め、影響を受けたすべての方々に心からお悔やみを申し上げます。

残念ながら、この変異は、彼がドナー登録の際に受けたスクリーニング検査では検出されなかったでしょう。私たちは通常、一般的な遺伝性疾患のみを、家族歴の確認や特定の血液検査でスクリーニングしています。また、精子ドナーとして応募した男性100人のうち、実際に受け入れられるのは 2~3人に過ぎないことも知っておく必要があります。したがって、検査項目を増やせば増やすほど、ドナー数が不足する危険性があります。

今回の事例が示しているのは、治療に用いるドナー精子の使用回数や、1人のドナーから生まれる子どもの人数をどのように管理すべきか、という点です。現時点では、各国に国内基準はあるものの、国際的な法規制やルールはありません。そのため、ドナーの精子が複数の国で販売・配布される場合、それを国際的に規制する手段がないのが現状です。

Prof Dorothy Bennett, Professor of Cell Biology, City St George’s, University of London (CSGUL)

今回の変異が特定されたことで、今後は容易にスクリーニングできますし、このドナーの精子から生まれた子どもたちはすでに、あるいは今後、検査を受けることになるでしょう。いずれにしても、もし20歳までにがんを発症している場合、残念ながらこの変異を持っている可能性が高く、これは Li-Fraumeni 症候群(LFS)と呼ばれます。その場合、患者にできることは多くなく、非常に頻繁ながん検査を受け続ける必要があります。

TP53 遺伝子は p53 タンパク質をコードしており、ヒトのがん抑制遺伝子の中で最も重要と呼べる存在です。ヒトのがんの半数以上で、この遺伝子が変異・機能不全に陥っています。もし必要なら p53 の働きを詳しく説明できますが、簡潔に言えば、p53 は細胞が過剰に分裂していたり(がん細胞のように)、DNA 損傷が強く修復不能な状態にある場合、細胞死や細胞周期の停止を誘導します。多くの場合、 TP53 は 2 コピーのうち 1 つが変異するだけで機能しなくなります。変異型p53 が野生型p53 の機能を妨げるためです。

今回のドナーは、体のすべての細胞にこの変異を持っていたわけではありません。これは“体細胞変異”と呼ばれます。この変異は彼自身の発生過程のどこかで生じたもので、精子の前駆細胞(始原生殖細胞)で起きた可能性もありますし、出生後に生じた可能性もあります。実際、彼の精子すべてがこの変異を持っていたわけではありません。

Prof Clare Turnbull, professor of cancer genetics at The Institute of Cancer Research, London

今回のケースは、非常に珍しい2つの事象が偶然に重なった、きわめて不運な事例です。すなわち、ドナーの精子が 1万人に 1人未満という極めて稀な遺伝疾患の変異を持っていたこと、そして彼の精子が非常に多数の子どもの受精に使用されていたことです。Li-Fraumeni 症候群は、家族に告知するには極めて厳しい診断です。生涯にわたりがんのリスクが非常に高く、BRCA遺伝子や Lynch 症候群のように主に成人に発症するタイプとは異なり、TP53 変異が遺伝した場合は小児期のがんのリスクが相当に高いことが特徴です。

この TP53 変異はドナーの全身組織に存在していたわけではなく、遺伝したものではありません。変異は精巣内で発生し、急速に増殖して多数の精子に影響を及ぼしたと考えられています。これは利己的精原細胞選択(selfish spermatogonial selection)の可能性を示しているように見えます。これは、精巣内の「特定の変異をもった精原細胞」が、ほかの正常な細胞よりも有利に増殖し、その変異が精子に受け継がれやすくなる現象です。

Prof Jackson C Kirkman-Brown, Theme Lead – Reproductive & Maternal Health, School of Medical Sciences, College of Medicine & Health, The University of Birmingham

精巣で新たに生じた変異は、血液検査では検出できません。また、射出される精子は一つひとつがわずかに異なるため、精子をスクリーニングするのも容易ではありません。しかし、もし子どもが特定の疾患を持って生まれた場合には、精子を解析することで、このようなリスクの有無を調べる方法があります。最終的に問題となるのは、家族数(出生児数)の上限と、精子の未監視の広範な利用です。

現在 ESHRE(欧州生殖医学会)は、国際的なドナー家族数上限に関する提言の最終案をまとめているところです。正式な公表は来春の予定で、国際的な法整備の指針となることが期待されています。

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