20251215
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【Science Alert】EUにおけるゲノム編集作物の規制緩和:専門家コメント

EUにおけるゲノム編集作物の規制緩和:専門家コメント

12月4日、EU における「新ゲノム技術(NGT)」を巡るトリローグ交渉が終了し、第一報として合意が成立したと報じられた。NGTとは、ゲノム編集によって植物の遺伝情報を改変する技術を指し、CRISPR/Cas システムなどを用いることで最大20か所のゲノム領域を精密に変更することが可能となる。こうした植物が既存育種による植物と本質的に同等とみなされる場合、NGT-1カテゴリーに分類される。

NGT-1植物の栽培品およびその製品は「同等性原則」に基づき表示義務の対象外となる。例外はNGT-1植物の種子およびその他の栄養繁殖材料であり、事業者が「NGT-1フリーの供給網」を確保できるようにするための措置である。除草剤耐性を有する植物はNGT-1に含まれず、引き続きGMO法に基づく承認・トレーサビリティ・監視の枠組みが適用される。今回のトリローグ結果について、ドイツSMCは研究者に評価と解説を依頼し、メーカー・消費者・自然環境にとっての利点とリスクを整理した。

立川 雅司 名古屋大学大学院環境学研究科 教授

2018年7月の欧州司法裁判所の裁定により、ゲノム編集技術を応用した作物が遺伝子組換え規制の対象となっていた。その後、2023年7月に欧州委員会から新たな規則案が提案されたが、EUの政策形成に関わる主要機関である欧州議会と閣僚理事会との間での議論が重ねられていた。この議論がようやく結論に近づいたことを示すのが今回の暫定合意である。

ゲノム編集技術を応用した作物に関して、それが慣行育種によって作出できるものであれば、政府の確認を経て商業栽培が認められる(カテゴリー1に区分)。ただし、除草剤耐性や殺虫成分を生み出すものは除外される。また表示に関しては種苗にのみ行われ(有機農業での使用を防ぐため)、また知財がもたらす影響のモニタリングなど、EU独自の仕組みも含まれている。

なお、ゲノム編集技術を応用したとしても、カテゴリー1以外に区分される作物に関しては、従来の遺伝子組換え作物と同様の規制が課せられる。今後、最終規則が官報に掲載され、その2年後に施行されることになっており、詳細な運用に関しては今後出される情報に注意する必要がある。なお、この規則の対象は植物であり、動物や微生物は含まれていない。

Prof. Dr. Matin Qaim Professor für Agrarökonomie und Direktor am Zentrum für Entwicklungsforschung (ZEF), Rheinische Friedrich-Wilhelms-Universität Bonn

–既存育種との区別について
NGT-1 による変異は、原理的には自然界で同一の形で起こりうるもの、あるいは従来の育種技術でも生成可能なものです。そのため、これらを厳密に分けて扱おうとすること自体が合理的ではありません。今回決定された NGT-1植物に関する規制・承認プロセスの簡素化は、本来もっと早く行われるべきものでした。ゲノム育種は、農業の持続可能性と気候適応力を高めるための重要な基盤技術です。ようやく欧州がこの重要分野に建設的な形で貢献できるようになったことを嬉しく思います。

–生態学的リスクについて
生態学的リスクは、育種方法そのものではなく、最終的な育種産物とその利用方法によって生じるものです。もちろん、良好な農業慣行を確保するための規則やモニタリングは必要ですが、それは農業全般に当てはまることであり、NGT-1植物に特有の問題ではありません。

–有機農業との区別について
過度に強い特許はイノベーションを阻害し、市場の集中を促してしまう可能性があります。そのため、特許の運用については継続的な監視と、必要に応じた調整が求められます。有機農業と慣行農業の共存については、問題はないと考えています。NGT-1種子には表示義務があり、流通過程で技術的に避けられない程度の微量混入は、有機農家にとってリスクにはなりません。一方、NGT-1植物を有機農業に認めること自体は合理的だと考えます。なぜなら、NGT-1植物は、合成肥料や化学的な農薬を使わずに収量を向上させる助けとなり得るからです。

–消費者向け表示について
私たちに必要なのは、NGT-1植物が従来手法で育種された植物と同じく安全であることを明確に伝える、客観的なコミュニケーションです。そうした説明ができれば、消費者は信頼を寄せるだけでなく、農業の持続可能性向上におけるこの技術の意義を評価するようになると確信しています。

Dr. Robert Hoffie Leiter der unabhängigen Arbeitsgruppe Biotechnologie & Genom-Editierung, Leibniz-Institut für Pflanzengenetik und Kulturpflanzenforschung (IPK), Gatersleben

–従来育種との区別について
従来育種との明確な線引きは非常に難しい。というのも、植物では自然突然変異や、従来の育種法に含まれる放射線・化学物質による突然変異誘発(古典的変異原処理)によって、偶然ではあるものの、大規模で多様な遺伝的変化が起こり得るからです。Annex I に定められた閾値は、主に法的な明確性を確保するためのものです。これらの基準は非常に厳しく、従来育種と比べても許容される遺伝的変化の範囲はむしろ小さいものとなっています。また、除草剤耐性などを除外する持続可能性基準が規制に盛り込まれたことは歓迎すべきことです。

–生態学的リスクについて
NGT-1植物により、従来育種植物と比べて生態学的リスクが高くなることはありません。そもそも、作物植物のリスクポテンシャルは一般に非常に低いと評価されています。そのため、NGT-1カテゴリーが安全とみなされているのは当然です。法律の観点からのモニタリングは、主として、NGTによって付与された形質が、規制が意図する持続可能性目標に実際に合致しているかを評価するために有用だと考えられます。

–有機農業との区別について
有機農業は、自らの方針により NGT を使用しないことを選択しています。これは種子の表示制度によって確保されます。有機農業と農業取引の現場では、すでに従来農業と自らの流通経路を分離する確立した管理体制が存在します。今回の新規則では、偶発的なNGT混入に関する特別な閾値は設けられていないため、現在のシステム以上の共存措置は不要といえます。

–消費者向け表示について
NGT-1植物は、定義上、従来育種植物と同等とされています。したがって、このような植物を表示の上でも同様に扱うのは論理的といえます。種子表示は主に、有機農業や遺伝子組換え不使用を掲げる企業が、自らの生産を慣行農業と区別するためのものです。

Prof. Dr. Katja Tielbörger Professorin für Vegetationsökologie, Eberhard Karls Universität Tübingen, df

–生物多様性への影響
NGT の規制緩和が 推定30万〜50万種に及ぶすべての植物種に適用されるという点は、生態学の観点からすれば全く受け入れがたく、理解もできません。大量絶滅が進むこの時代において、これはあらゆる植物種の遺伝的完全性を危険にさらし、生物多様性を脅かす行為です。改変された野生植物が野外で同種の個体と交雑すれば、外来の遺伝要素を自然生態系に持ち込まれることになります。これは、遺伝形質が不利であれば野生集団を弱体化させ、逆に、例えば病害抵抗性など有利ならば、新しい遺伝形質が広がり、生態系全体に予測不能な影響を及ぼす可能性があります。これらは、多くの科学研究が示してきたところです。したがって、野生植物はデレギュレーションの対象から除外されるべきです。このような応用例は仮定ではなく、専門文献に既に挙げられているもので、農業に関わる野生植物(例:ポプラ)だけでなく、研究用途、自然保護分野、さらには “DIYバイオ” のような用途まで含まれます。これらが今後、規制されなくなることは看過できません。

–従来育種との区別について
植物が環境に与える影響(正負含む)は、遺伝的変化の数では決まりません。重要なのは、その植物の形質(表現型)です。小さな遺伝的変化が大きな影響を持つこともあれば(例:防御応答)、大きな遺伝変化でも表現型にほとんど影響がない場合もあります。したがって、“20×20ルール”(最大20箇所の変異×最大20塩基長)は、科学的証拠が一切なく、現場では意味をなしません。さらに、NGT-1 植物同士が交雑すると、その交雑産物も NGT-1 と扱われるため、規制の範囲は実質的に非常に広くなります。NGT は従来育種と同等ではありません。

–その理由は:
ゲノム中の、通常は変異から守られている領域にも改変が起こり得ること
NGT-1植物の種類と性質の幅が非常に大きく、環境リスクが高まること
法律案がすべての植物種に適用され、同等性基準が実質的に意味をなさなくなること
これらの点から、NGT は従来の育種とは根本的に異なります。

–新ゲノム技術が掲げる「約束」について
“気候適応型の乾燥耐性品種”などの約束は科学的に誤りです。なぜなら、そのような性質は他の重要な性質(例:収量)とのトレードオフを伴うからです。また、単一品種のモノカルチャーは、気候変動がもたらす極端現象に対して脆弱であり、混植のような多様性ベースのシステムに敵いません。
一方で、将来の農業が取るべき戦略については、膨大な科学的証拠があります。

–すなわち:
農地と畜産での多様性の活用
気候変動や害虫に対するレジリエンス向上
農薬・肥料による環境負荷の軽減
収量の安定化
こうした多様性重視の戦略は、今すぐ実行可能であり、実際に効果があることが示されています。

GfÖ(ドイツ生態学会)の立場
ドイツ生態学会(GfÖ)は、持続可能性に実証された利点がある農業応用に NGT を限定すべきと提案しています。また、予防原則に基づき、自然環境に放出する前の科学的なリスク・ベネフィット分析を求めています。

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