2026年3月9日
【Expert Reaction -専門家コメント-】単細胞の多細胞化、クローン分裂と細胞集合の組み合わせでも起きうる?
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単細胞の多細胞化、クローン分裂と細胞集合の組み合わせでも起きうる?
パスツール研究所の研究者らは、単細胞生物がどのように多細胞化したのかについての新たな進化経路を提唱した。動物に近縁な襟鞭毛虫 Choanoeca flexa は、カリブ海キュラソー島の潮だまりで、水の蒸発と再充填に伴う塩分変動に応じて単細胞の形態と多細胞の形態を行き来する。その動態を解析した結果、研究者らは、多細胞化が、クローン分裂による方法、細胞集合による方法、さらに、その両方を組み合わせた方法の、三つの経路で起こることを突き止めた。従来、前者の2経路は、ほぼ排他的と考えられてきたが、今回の研究により、環境に応じて柔軟に使い分けられた可能性が示された。研究者らは、多細胞化の起源に関する従来の理解を見直す知見だとしている。
論文リンク:https://doi.org/10.1038/s41586-026-10137-y
掲載誌:Nature
掲載日時(日本時間):2/26 1:00
【専門家コメント】
船山典子 京都大学大学院理学研究科 准教授:
これまでの群体性はクローナル(分裂による)と集合のどちらか一方という排他的な考え方に対し、当初クローナルと考えられていたChoanoeca flexaが、群体形成のためにどちらも利用しているという事実を明らかにした点に新規性があります。
また、この柔軟な群体形成が、高塩濃度かつ変動制の高い環境に適応した機構であることを、生息環境での詳細な解析と、研究室での人工的な実験系で示した進化発生学と環境発生学を合わせた研究である点も、非常に優れていると思います
上記2点のことから、複数の種での解析の重要性、また、その生物の生息環境を知ることがその生物の持つ仕組みの理解が重要であることに改めて気づかされました。加えて、単細胞生物の群体だけでなく、細胞性粘菌やバクテリアの集合体などを考えても、群体(集合体)の形成は、厳しい生息環境に対応する手段であると再認識させたことも、多細胞性に関する研究分野にとって重要であったと感じます。
研究室での実験に限らずその生物の生息環境を知ることの重要性や生物の柔軟性を改めて再認識させられる成果だと思います。
畠山 哲央 東京科学大学 未来社会創成研究院 地球生命研究所 准教授:
近年、単細胞生物から多細胞生物への進化プロセスに関する研究が盛んに行われています。2012年の酵母を用いた実験進化の研究を皮切りに、様々な生物を対象として「単細胞と多細胞の境界」を探る試みが加速してきました。
今回の論文が対象とした襟鞭毛虫の一種は、我々動物に最も近い単細胞生物であり、その多細胞化メカニズムの解明は、多細胞の動物の起源を理解する上で極めて大きなインパクトを持ちます。多細胞化を達成するには、言うまでもなく細胞が集合する必要がありますが、これには「一つの細胞が分裂して増える経路(クローン分裂型)」と「別々の細胞が集まる経路(集合型)」の二つが存在します。従来、これらは互いに排他的な進化ルートと考えられてきましたが、本論文は、同一の生物が環境に応じてこれらを柔軟に使い分け、さらに両者が混ざった中間的な形態もとり得ることを示しました。多細胞化の初期進化が、想定よりもはるかに可塑的であった可能性を示唆する重要な知見です。
一方で、この知見からすぐに「多細胞化の起源」が理解できるかと言えば、そこにはまだ大きなギャップが存在します。今回の現象は動物の進化とは独立した事象かもしれませんし、あるいは一度多細胞化した生物が単細胞化した際の名残を見ている可能性もあります。真の理解には、個別の現象に依らない「多細胞進化の普遍法則」を見出さなければなりません。単なる物理的な集合を超え、細胞がいかにして「分業」を獲得したかという問いも重要です。本論文は、その法則を紐解くための極めて興味深い実例を提示したと言えます。
金 孝竜 順天堂大学 大学院医学研究科 助教:
動物に近縁な原生生物(いわゆるホロゾア原生生物)を用いた動物の起源研究は、近年大きく進展している。これらの生物の多くは単純な多細胞性を示すが、その様式は系統ごとに異なっており、様々な知見を総合しながら、動物の共通祖先がどのような生物だったかを推定する試みが進んでいる。
本論文の第1の意義は、クローン性のみだと思われていた襟べん毛虫類のコロニーが、細胞集合によっても生じうると示し、動物の初期進化における細胞集合の重要性の再評価を促したことにある。細胞集合は遺伝的な相克を生み出しやすく、多細胞性の進化に不利に働くと考えられてきた。しかし、細胞分裂のためにかかる時間とエネルギーを省略して多細胞体を素早く形成できる点は細胞集合の利点でもある。
本論文では実際に、襟べん毛虫類のChoanoeca flexaが高ストレス環境から回復する際、細胞集合により素早く多細胞体を形成し、摂餌効率を高めていることが示された。
本論文の第2の意義として、細胞集合が自然にも生じているということを、フィールドでの採集・研究によって示したことが挙げられる。既知の多くのホロゾア原生生物は自然界から偶然に単離されたもので、生態学的な知見がほとんどないのが実情である。どのような自然環境下で、どのような頻度・様式で多細胞性が発生しているのかを、複数年にわたるフィールド調査により詳細に示した本論文は貴重であり、大きな学術的価値を持つといえる。
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