2026年3月10日

【Expert Reaction-専門家コメント-】喫煙本数を減少させる遺伝子変異

各専門家のコメントは、その時点の情報に基づいています。SMCで扱うトピックには、科学的な論争が継続中の問題も含まれます。新規データの発表や議論の推移によって、専門家の意見が変化することもありえます。記事の引用は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。

喫煙本数を減少させる遺伝子変異

著者のVeera Rajagopalらは、「メキシコシティ前向き研究(Mexico City Prospective Study)」に参加した3万7,897名の喫煙者のゲノムを解読した。その結果、CHRNB3(β3サブユニットをコードする遺伝子)の変異が、喫煙者の1日当たりの喫煙本数減少と関連しているとわかった。野生型の遺伝子型をもつ人と比較して、この変異遺伝子を1つ、または2つもつ人は、それぞれタバコを吸う本数が約21%、または78%少なかった。この変異は、メキシコ先住民の祖先を持つ人々でより多く見られた。CHRNB3の変異に関連する同様の効果は、UKバイオバンクにおけるヨーロッパ系祖先をもつ約13万人と、バイオバンク・ジャパンにおける東アジア系祖先をもつ約18万人の集団でも確認された。いずれも、CHRNB3の活性に影響を及ぼす遺伝子変異が、多様な祖先集団において喫煙者の1日当たりの喫煙本数を減少させている可能性を示している。

論文リンク:https://www.nature.com/articles/s41467-026-68825-2

掲載誌:Nature Communications

掲載日時:2月25日(水) | 01:00 (JST)


【専門家コメント】

西澤大輔 国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 精神薬理研究部 向精神薬研究開発室 室長:

本研究において、ニコチンと結合する受容体の一部を作る遺伝子CHRNB3の希少な変異(pLOF変異・有害ミスセンス変異)が、喫煙者の日々の喫煙本数(CPD)を減らす方向に働くことを、メキシコ系集団(MCPS:p.Glu284Gly/rs75384358)でのエクソーム解析[タンパク質合成の情報となるエクソン部分のみを解析する手法]で発見し、英国UK Biobankと日本のバイオバンクが揃って同様の効果を示した点は意義深いと考えられます。この発見は、薬理学的には創薬への応用の可能性が高い遺伝学的根拠となります。また、本研究は、同グループがCHRNB2について先行して報告したものを、CHRNB3でも別の形で再現した位置づけです。今回のCHRNB3研究は、「喫煙の始めやすさより吸う量に効く」という表現型を強調しています。

しかし、変異は希少であり、この遺伝子の変異のみで大多数の喫煙量が決定付けられると結論づけることはできません。自己申告CPDという指標の限界、集団特異的変異ゆえの再現性検証の困難性、分子機序の機能実証不足等が主な課題です。

日本では、喫煙率が低下傾向を示すものの、中高年男性では比較的高く、また、加熱式たばこ等の普及で、曝露評価が複雑化しています。日本では、共通変異に関して「量」「開始」「禁煙」の大規模比較が可能な基盤があり、今回のCHRNB3の「量寄りの効果」という仮説を、日本の表現型定義(紙巻・加熱式、依存尺度、治療反応)に合わせて検証する道筋が現実的です。製品別の摂取量、依存尺度、禁煙治療反応を統合した追試と、CHRNB3受容体を標的とする新規治療(既存のCHRNB2標的薬との補完)の検討が期待されます。

新規治療標的分子としてCHRNB3がハイライトされた点で本研究は重要ですが、今後の研究においては、この遺伝子の変異がCPDに影響するメカニズムの解明が期待されます。

また、公衆衛生的含意としては、遺伝要因が行動を左右するとしても、人口集団で最大の効果を持つのは政策・環境・治療アクセスである、という原則は変わりません。遺伝差の強調はスティグマ化を招き得るため、研究者・医療者は慎重な説明が求められます。「喫煙=自己責任」という誤った単純化の逆側で、「遺伝子で決まる」という決定論的誤解も招き得ます。実際には、希少変異の効果は傾向を動かす一因となり得るに過ぎず、社会・文化・製品・価格・受動喫煙対策・医療アクセスなどの影響が大きいことを強調する必要があります。今回の研究の社会的価値は、「個人の遺伝的向き・不向き」の強調ではなく、ヒト遺伝学で方向性が定まった標的(CHRNB3)が新規禁煙治療の研究開発を促し得る点にあります。

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