2026年3月13日
【Expert reaction-専門家コメント-】キットによる腸内環境の自宅検査、メーカーにより結果がバラバラ
各専門家のコメントは、その時点の情報に基づいています。SMCで扱うトピックには、科学的な論争が継続中の問題も含まれます。新規データの発表や議論の推移によって、専門家の意見が変化することもありえます。記事の引用は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。
【医療】キットによる腸内環境の自宅検査、メーカーにより結果がバラバラ
自身の健康を評価する目的で、腸内微生物叢の直販型検査キットを使う人もいるが、検査の精度は不透明で、有効性は体系的に評価されてこなかった。本論文は、米国の研究チームが、匿名化された7社から提供された21種類の検査キットの結果を比較した結果について報告したものだ。同一のドナーによる同一の混合糞便を使用したが、腸内細菌種の含有量は検査キットの結果により異なり、特に下痢の原因病原体を含むクロストリジウム属で変動が顕著だった。研究者らは、標準化されたサンプリング手順・分析の欠如が、検査キット間の異同の原因となっている可能性を指摘している。
掲載誌:Communications Biology
掲載日時(日本時間):2/27 1:00
論文リンク: https://www.nature.com/articles/s42003-025-09301-3
【専門家コメント】
栃尾巧 藤田医科大学医学部消化器内科学医科プレプロバイオティクス講座 教授:
既に問題化されてきていた、抽出・解析方法の差異によって検査キットごとに生じる検査結果の違いを、改めて大規模・厳密に示した点は意義深い。しかし、検査キットの結果はいずれかが不正確であるということでは無く、あくまでも病の予防のために予備軍の患者の腸内を前向き研究で調べて行動変容につなげることにこそ意義があり、検査キットごとのバイアスを埋めるという研究は、人々の健康づくりという観点からは大きな意味を持たない可能性がある。
国内外の研究は、ビッグデータを早く・細かく分析するショットガンメタゲノム解析(すべてのDNAを断片化して読み取る手法)およびスーパーコンピューターを使った解析へと進みつつあるが、従来の16S rRNA遺伝子アンプリコン解析(細菌に共通の16S rRNA遺伝子を解析対象にし、その可変部位の配列を解読する手法)と比べて、社会において腸内を調べることをみじかなものにするという観点においては、革新的な手法とは言い難く、より発想の転換が求められるだろう。
本論文にもある通り便標準物質(成分があらかじめ分かっており、参照試料・ものさしとなる便)は絶対的な真理を示すものでは無く、また腸内細菌のモニタリングだけで腸内環境全体の説明が付くわけではない。発酵の拠点は盲腸から上行結腸までのごく一部であり、代謝物である便が含む細菌叢はそこからさらに変化していることにも留意が必要である。
全体として、腸内をモニタリングして適切な食品を摂取することによって達成される健康づくりにおいては、既存の研究の発想から大きな転換を図る必要が感じられる。
ドイツSMCからの専門家コメント
Prof. Dr. André Gessner
Leiter des Instituts für Medizinische Mikrobiologie und Hygiene, Universität Regensburg
研究結果の位置づけ(研究動向の中で)
マイクロバイオーム解析における標準化の大きな必要性は、最近のDTC(Direct-to-Consumer:専門家を介さず、消費者に直接結果を届ける生化学・遺伝学検査の提供形態)をめぐる議論以前から、つまり10年以上前から指摘されてきました。例えば、2011年に開始された International Human Microbiome Standards や、2014年に開始されたInstand e.V.によるマイクロバイオーム解析の国際的ラウンドロビン試験(精度管理試験)など、標準化の取り組みがなされてきました。
主な研究結果
Servetasらは、7社のDTC糞便マイクロバイオーム検査の分析性能を調査しました。そのために、チームはNIST(米国国立標準技術研究所)の均一かつ標準化された糞便参照試料を使用しました。つまり、あえて実際の変動の大きい患者の便ではない試料を全社に配布したのです。各社につき3キットをテストし、企業名がわからないようにしました。さらにNIST自身も16S rRNA解析および全メタゲノムショットガンシーケンス解析を実施し、他のドナー試料とも比較することで、技術的変動と生物学的変動を区別しました。
各社は、採便方法、保存・輸送バッファー、シーケンス手法(rRNA遺伝子アンプリコン解析か全メタゲノムショットガン解析か)、カバー率(?)(ゲノム断片の塩基が何回読まれたか)、レポートに掲載する最小検出頻度(報告カットオフ値)などが、大きく異なっていました。これらの方法論的差異により、分類学的プロファイルは大きく異なりました。場合によっては、企業間の差が、異なるドナー間の生物学的差よりも大きいことさえありました。社内再現性も一様ではなく、再現性が高い企業もあれば、明確な外れ値が見られる企業もありました。特にCompany Aでは、同一試料から大きく異なる分類結果が報告され、健康評価も一方では「健康」、他方では「不健康」と矛盾する結果が示されました。
消費者にとって特に問題となるのは、各社が異なる比較集団を用い、それに基づいて異なる健康指標や推奨を導き出している点です。臨床的に重要な指標である Clostridioides difficile (翻訳者注:腸内に感染して激しい下痢や大腸炎を引き起こす細菌)についても、企業間で評価が食い違っていました。
結果の評価
本研究は、DTCマイクロバイオーム市場の核心的問題を的確に示しています。消費者は一見精密に見えるレポートを受け取りますが、その分析は必ずしも堅牢ではなく、比較できるものでもありません。また、本研究は均一な参照試料と再現実験を用いていますが、どの企業が「正しいか」を決定するものではありません。ただし、企業間で結果が大きく異なることを明確に示しています。7社と特定の市場時点のみを対象としているため、すべてのDTCサービスに一般化できるわけではありません。
本研究は、どの検査が本当に正しいかを示すものではありません。しかし、非常に重要な点を明確にしています。すなわち、標準化と方法の明確な開示がなければ、同一試料からでも大きく異なる結果が生じるということです。DTCマイクロバイオーム検査の結果は、評価するとしても慎重に、必ず医学的文脈の中で解釈すべきであり、単独で判断すべきではありません。健康効果をうたう企業は、検査の技術的・臨床的検証状況を透明に示す必要があります。それがなければ、医学的にも規制上も十分に信頼できるとは言えません。
Prof. Dr. Gregor Gorkiewicz
Professor für Medizinische Mikrobiomforschung, Medizinische Universität Graz, Österreich
マイクロバイオームと疾病リスクとの関連
最大の問いは、糞便マイクロバイオームを診断マーカーとしてどの程度、利用できるのか、という点です。本研究でも議論されているように、今日に至るまで“健康なマイクロバイオーム”の正確な定義は存在していません。これは、マイクロバイオームの結果が、非常に個別性が高い(個人差が大きい)ことに起因します。例えば、慢性炎症性腸疾患(CED)のように明らかに腸の異常を伴う疾患でさえ、糞便マイクロバイオームだけで患者を確実に特定することはできません。したがって、中枢神経系や精神疾患の場合には、状況はさらに複雑になります。
マイクロバイオーム検査の利用と対応策
現時点では、一般市民が受けるマイクロバイオーム検査に医学的適応はほとんどありません。臨床においては、医療検査機関によって実施されるマイクロバイオーム検査に一定の適応があります。例えば、幹細胞移植後の重症患者が集中治療室にいる場合などで、「マイクロバイオームの枯渇」の証明が診断的価値を持ち、治療上の判断につながる場合があります。
自己検査の増加とその影響について
間違いなく増えています。問題は、医療専門職、例えば開業医であっても、こうした疑似的な検査結果に直面した際に、どう扱えばよいかわからないことです。さらに言えば、これらの商業企業は、プロバイオティクスなどのライフスタイル製品を販売する企業と提携している場合が多く、マイクロバイオームの変化を特定製品購入の推奨に利用しています。残念ながら、このような手法は医学的根拠なしに患者からお金を搾取するものであり、健康改善の科学的証拠はありません。
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